dimanche 26 juin 2011

フリック・コレクションでジョヴァンニ・ベリーニ、そしてイーストリバーサイドでの時間

昨日、オーガナイザーの Tori さんにこう言ってから会場を後にした。
わたしの抄録をプログラムに入れる決断をしたあなたの蛮勇に感謝します。

今日はニューヨーク最後の一日。
午前中、会で出遭った方々を振り返っていた。
関連のサイトで資料を眺め、本を注文したりしながら。
しばらく時間がかかりそうである。

午後からTori さんお勧めのフリック・コレクションへ。
何ということだろうか、ここは初めてになる。
こじんまりした美術館だ。
週末のせいか、結構混んでいる。
入り口でサックを一方の肩に掛けるか、前に抱えてくださいと言われる。
理由はわからないが、規則とのこと。
フェルメール、ラトゥール、ターナー、ベラスケス、ファン・ダイク、レンブラント、
グレコ、ゴヤ、ミレーなどが目に付く。




St. Francis in the Desert
Giovanni Bellini (c.1430-1516)


今、ジョヴァンニ・ベリーニの 「恍惚の聖フランチェスコ」 が再解釈されている。
アッシジの聖フランチェスコとイタリアルネサンスの画家の組み合わせになる。
フリック・コレクションの解説は次のようになっている。















1時間ほどでフリック・コレクションを出た後、イーストリバー沿いまで足を伸ばす。
週末には川の匂いと感じながらベンチに腰掛け、ニューヨークタイムズを読んでいた。
時にはジョギングをしたり、サイクリングもやったところだ。
FDRがすぐ横を走っているので非常に五月蠅い。
騒音の記憶は残っていないので、当時は気にならなかったのだろう。
しばらく我慢して数日前に手に入れたばかりの本を読みながら、ぼんやりする。


これまで遠くにあったアメリカでの7年の生活の意味について想いが巡っていた。
その中で浮かび上がってきた一つは、すでに触れたイギリス人の影響である。
カフェで会の準備をしている時、こんな問い掛けが聞こえた。
今、なぜ、こんなところで、こんなことをしているのか。
そして思い当たったのが、EAB先生との時間だったのである。

それから、なぜフランス文化にあれほどまでに入って行けたのかについて。
それも実はアメリカ生活と関係があるのではないか、という回答が浮かんできた。
アメリカ生活はわたしの中に米語による世界観を植え付けた。
その結果、日本に帰ってからもその世界観の中で生活していた。
頭の中が一色で染まっていたとでも言うのだろうか。
それがなければフランス語やフランス文化の異質さに気付かなかったのではないか。
あれほどの感度を以って。

再びのニューヨークで数十年前と今が確実に繋がっているような感覚が襲っていた。





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