dimanche 25 septembre 2011

人間への道、あるいは大石又七という方



今年の7月3日に放送されたという大江健三郎と大石又七という方の対談を観る。大石又七さんは1954年3月、第五福竜丸で操業中、ビキニ沖でアメリカの水爆実験に遭遇し、被曝された方である。お話を伺いながら、立派な日本人がいることに感動する。どの言葉にも真実が宿っていることが伝わってくる。77歳までの人生を苦しみ考えながら歩まれてきたこと、そしてその過程で新しい人間が創り上げられたのではないかと想像させるに十分なお姿であった。

大江氏のお話にも注意を引く言葉があった。一つは彼の母親の言葉で、真面目な言葉を発した後に真面目な言葉が返ってくるような環境で生活しなさいという教え。田舎の大人たちがいつも冗談めかした話しかしないのを不思議に思った大江少年の疑問に答えてのものだったという。もう一つは、お医者さんの例で話していたが、一般に専門家はその対象と自分を切り離している存在であるという観察である。これはここでも何度か触れたこととも関係するが、おそらく当たっているのではないだろうか。その上で、自分は小説家という専門家ではない人間として生きることがよいことではないかと考えていると語っていた。今、専門を離れた立場になり、大江氏の言いたいところがよくわかるようになっている。

専門性と責任の関連を考える (2010-05-16)











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