dimanche 10 juin 2012

豪雨の中、スピノザさんの人生を読む

Hand met spiegelende bol  (1935)
(Hand with reflecting sphere)
(M.C. Escher Museum, den Haag)


先日のビブリオテークでスピノザに関する本に目が行く
というよりも、このタイミングで目の前に現れてきたという感じである


この本は日本語にも訳されている
ジル・ドゥルーズ 「スピノザ ― 実践の哲学」 (平凡社ライブラリー

 早速カフェで、第一章 「スピノザの人生」 を読む
先日のオランダの影響か、書かれてあることが立体的に見えてくる
町の名前を見るだけでイメージが湧いてくるので、文章が浮かび上がってくるように感じる
驚くべき効果だ
ジル・ドゥルーズさんの解説で印象に残ったところをいくつか
「1663年、スピノザはデン・ハーグ郊外のフォールブルフに落ち着き、その後首都に居を構えることになる。スピノザを旅行者と定義しているものは、旅した距離ではなく、父の後を継ぐのを拒否した後、家具付きの家に頻繁に住むことができること、所有物や土地への執着がないことである」
『神学・政治論』 を書いた中心課題の一つとして、こんなことを挙げている
「人民というものがどうしてこうも著しく非理性的なのか。なぜ自らの奴隷状態に敬意を表するのか。なぜ人間はそれがあたかも自由であるかのように奴隷状態に向けて闘うのか。なぜ自由を獲得するだけではなく、自由を支えることがこれほど難しいのか。なぜ愛と悦びを唱える宗教が戦争、不寛容、敵意、憎悪、悲哀、悔恨などを誘発するのか」
「スピノザは希望や勇気は信じておらず、悦びと洞察力しか信じていなかった。他者が彼を干渉しない限りにおいて、彼も他者を干渉しない。彼は霊感を与え、目覚めさせ、ものを見えるようにしたかっただけであった。第三の目として示したものは、指図したり、ましてや説得するためではなく、眼鏡となり、自由で霊感を受けた視力を得るためにレンズを磨くことである」

途中、物凄い雨があったが、予想通り、しばらくすると完全に晴れ上がった









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