mardi 26 août 2014

新しいステージに入ってきた気配


来月でこちらに来て8年目に入る

全くの想定外の展開である

ここに来て、これまでの流れの全体が見えるようになってきた

こちらに来た翌年の2008年春から、時の流れとともにこの身に入ってくることを書き留めてきた

その情報に触発されてこの身から出てきたものについても同じように処理してきた

メモと称した200ページのノートはひと月で新しいものに変わった

その流れに変化が見え始めたのは、昨年の終わり頃

メモが前に進まなくなったのだ

感覚器が受け取るべき新しいものが極端に減ってきたのだろうか

それまではメモを読み直したいと思っていたが、その時間がないほど新しいものが押し寄せてきた

その感じが一気に消えて行ったのである

自分はその中にいると思っていたメモが過去の遺物のように見え始めたのである

それは、7年という原体験、科学者の言葉で言えば「生データ」がそこに塊としてあるという風情である

 当初わたしが求めていたと思われるものが一つの完結を見たとでも解釈できる景色である

そこまで行くのに7年を要したということでもある


ブログに関しても、同じことが言える

前ブログ A View from Paris も読み返したいとは思っていたが、その余裕もなかった

ほぼ毎日のように何かを書いていたからだろう

今その一部を読み直すと、そのことに驚きを覚える

そこに別人さえ見る

その全体を過去の遺物として捉えることができるようになったからだろうか

それは、そこに眠っている塊を解き解し、振り返る時間がこれから来ることを意味しているのだろうか





dimanche 24 août 2014

ラントレ8日目、これからの注目点


ラントレ8日目

予想を裏切り、何とか続いている

これから注目すべきこととして、以下のことが頭にある

一つは、言いたいこと、頭に浮かんだことを如何に正確に言葉に移(写)し替えるかということ

それと、一つひとつのアイディアの塊を如何に論理的に徹底された繋がりの中に置くのかということ

この二つである

今週はどうなるだろうか





jeudi 21 août 2014

ラントレ 5日目、あるいは選択肢をなくす訓練


今年ももうすぐ9月になる

これまで学生としての本分は何も果たしていない

このまま自由な生活を貫くとすれば、その状況は変わらないだろう

そう思ったのか、先週末からラントレと称して生活に変化を与えることになった

要するに、毎日の選択肢をなくして、やることを決めてしまうのである

 毎日決まった時間にアパルトマンを出て決まった路線に乗り、閉じ籠りが終わったら同じ路線で帰る

この単調なリズムに戻すことになる

何のことはない、日本にいた時と同じペースで仕事をする状態に入ることである

これまで何度かそう思ったこともあるが、その都度挫折している

まだ5日目だが、今のところ挫折の兆しはない

今回、以前には抑制が効かなかった外界への好奇心が満たされつつあるのを感じている

ディストラクションするものが減っている

その意味では、淡い期待を抱いているのだが・・・





dimanche 17 août 2014

連載エッセイ第19回 「リチャード・ロバーツ卿の考える科学、そして黒澤和教授のこと」



雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 第19回エッセイを紹介いたします

医学のあゆみ (2013.8.17) 246 (6,7): 522-526, 2013


 ご一読、ご批判いただければ幸いです







mardi 12 août 2014

映画 "Winter Sleep" を観る


先日のメトロであまり見たことのない不思議な景色のポスターが印象に残った

今日の夕方、近くにシネマがあったので観ることにした

今年のカンヌ音楽祭パルム・ドール受賞の3時間を超えるトルコ映画だった

Winter Sleep

普段見慣れない景色と大自然が出てくるので興味深い

その他は長く突き刺さるような会話が続く

なかなか分かり難い映画だった

そう言えば、ホテルの客として若い日本人が出てくるが、どこかカリカチュレされた印象あり

このような描かれ方は、こちらの映画では稀ではない


帰りのメトロで、何の映画だったのかに思いを巡らせる

主人公は中年の元俳優で、今はホテル経営や新聞にコラムを書いたりしている

若い妻との結婚生活もうまく行っていない

社会の上層にいるという意識か無意識から出ているだろう彼の性質が耐え難いようだ

周りの人も同じように感じている

いろいろなことがあるが、この夫婦は最後は表面上以前の状態に戻るように見えた

しかし、厳密に言えば以前と同じはずはない

うまく行かない状況を理解した上でのことなので、新しい関係が始まるのかもしれない

いずれにしても、わたしの理解を超える深い人間の関係が描かれていた

そして、社会の階層の間にある激しい感情の対立も表現されていた








dimanche 10 août 2014

シャルトル最終日、道標の意味がわかる


何気なく撮っていたが、案内書でサンティアゴ・ド・コンポステーラへの道標であることが分かる

言われてみれば、確かに、である

町々でアイディアを凝らしているのだろうか


今日の午後、パリに戻る

今回も想像を上回る収穫があった

いつものこと、想像していないのですべてが収穫になる

 わたしの旅の秘訣である


仕事を、と思ってきたが、無理であった

今はこの収穫に免じてよかったと思いたい

 次回は仕事を終えてから旅に出たいものである





samedi 9 août 2014

シャルトル六日目、大聖堂でわたしのキーワードを発見

 シャルトル大聖堂の哲学者


シャルトル六日目は雨はなく、青空の覗く曇りになった

先日の大聖堂の案内書で、哲学者がいることを知った

しかし、どこを探してもそれらしいものが目に入らない

本日、再度案内書を見直したところ、低いところにあることが判明

これまで上ばかりを探していたのである

出直して低きを見ると、ちゃんとそこにあった

この並びには、錬金術師、医者、建築家、画家などがいた

北側の右の門であった


 錬金術師

 
 医 者


同じ北側の左には、わたしのキーワードになっている営みが形になっているのを発見し、驚く


 省 察


 瞑 想


 読 書


 それからここの迷路が有名だということを知る

先日は気付かなかったので、今日見ることにした



直径12mと大きいのと椅子が置かれているので最初は気付かなかったが、これがそれである

 係の人に訊ねると、毎週金曜だけ全体が見えるようにして、その中を歩けるとのこと

昨日も近くにいたので、残念なことをした

上から見ると、こんな具合らしい




迷路については、いろいろな説があるらしい

一つは、「エルサレムの道」と言われるように、巡礼の意味があった

この中を歩くことで自らの内面を見る時間となる

そして、中心に辿り着く時には新しい人間になっているという含みがあるようだ


そう言えば、初日の夜に迷路の庭を見ていたことを思い出した

最初と最後が迷路とは、、

これからの道行きを暗示しているようにも見えてくる





vendredi 8 août 2014

シャルトル五日目も雨、街に出て考える

 シャルトル大聖堂のアリストテレス


シャルトル五日目の今日も朝から雨

本当に心が鎮まる

午後から街に出てカフェに落ち着き、ぼんやりする

途中、かなり激しい雨となったが、その雨も楽しむ

 先日手に入れた大聖堂の彫刻の案内書は多くのことを教えてくれる

その形が魅了してくれる彫刻の数は数えきれない

 目には見えない謙譲や信仰や正義や博愛などの多くのものが形になっている

それから、学問の世界や当時は目には見えなくなっていた学者まで形になっている

文法、修辞学、弁証論、 幾何学、天文学、算術、音楽 ・・・


 興味が尽きない建造物である

今回の大きな発見であった


そのアリストテレスは、こんなことを言っている

この科学は直接実用に供するものを何も持っていない

今日同様その起源において、人間を哲学に向かわせるのは驚嘆と称賛である

 哲学は有用性を求めるものでないことは明らかである

自分自身のためにだけ働く人間を自由人と呼ぶように、この科学だけが真に自由なのである

なぜならば、哲学はそのものだけを対象にしている唯一の科学だからである

つまり、有用性の奴隷になることを拒否するからである


 しかし、時代とともに科学も変化を始める

政治・経済に取り入り、自らがその奴隷となるべく動くようになる

自由人であった本来の根を忘れ、生きるためと言って深く考えることなく、進んで奴隷になるのである

そして、その奴隷が評価されるような世界が展開することになる

それは、「・・・ のために」 という呪縛の中に生きることを余儀なくされる世界

その呪縛から解き放つのが、芸術的な営みや感受性が関わる「無用の用」ではないだろうか

それが見えない世界は、さぞ息苦しいだろう




夜、雨の中、街に出る

カフェに休み目を上げると、比較的新しい屋根の上に大聖堂の塔の上の部分が目に入る

雨に濡れ、ほとんど廃墟の佇まい

死んだ建物に見える

これまでには見せなかった姿で、驚く

遠くからロックのコンサートの音が流れてくる
 

それにしてもこれまでになく落ち着く町だ




jeudi 7 août 2014

シャルトル四日目、ウール川周辺を味わう


今日も午前中は雨

小やみになったお昼から外に出る

カフェで暫く休んでいると驟雨が

パリと似たような変化である

大聖堂の彫刻の案内を読んでいたが、その中に膨大な歴史の情報が詰まっている

暫くして青空が覗き、この町の周りを流れるウール川l'Eure)の方に降りる





坂を下りたところで、朽ち果てそうなこの教会が現れた

聖ピエール教会

その壁を見ていると中世にまで引き戻されるような感覚が襲い、不思議な時間となった

横にはリセ・マルソー(Lycée Marceau)があった



1934~1935年の間、哲学者のメルロー・ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)がここで教えていたという

また、ここの卒業生に首相だったジャン・ピエール・ラファラン((Jean-Pierre Raffarin)がいる



近くに政治家ピエール・マンデス・フランス(Pierre Mendès-France, 1907-1982)の石碑があった

 彼の言葉、「統治するとは、選択することである」 が刻まれていた
 
暫くするとウール川が見えてきた










川の水は濁っていて、水泳禁止

雨上がりの空気を感じながら、川の流れの音と深い緑の中をしばらく歩く

人がいないのでこの空間を独り占めしているような気分になり、堪能する

 

 帰りは急な坂を登らなければならなかった

途中、15世紀の詩人フランソワ・ヴィヨンFrançois Villon, 1431-1463)の名前が付いた小学校があった



今日も大聖堂に寄ってみたが、こんな景色が目に入った

全体の構図にうまく収まっていることに驚く





mercredi 6 août 2014

シャルトル三日目は雨、静かに美術館へ


シャルトル三日目は朝から雨で、気持ちが鎮まる

内省の時間が自然にやってくる

朝から雨の中を歩くのも気持ちが良い

中心部にあるエパール広場(Place des Épars)の前に銅像が建っている

台座に 「マルソーへ」 と刻まれている

調べてみると、フランス革命の時の将軍のようだ

その名は、フランソワ・セヴラン・マルソー (François Séverin Marceau, 1769-1796)という 

16歳で軍隊に入り、フランス革命に参加、24歳で将軍になり、27歳で亡くなっている


 エパール広場の噴水


 朝はこの界隈のカフェでプティ・デジュネ

資料を読む



それから大聖堂横にある美術館に向かったが、丁度午前の部が終わるところ

仕方なく、この界隈のカフェで午後の開館時間まで過ごすことにした

この町のカフェではたばこを吸っている人をほとんど見かけない

テーブルの上に灰皿も置いてない、という印象があった

ひょっとして町が禁煙をしているのではないかと思い、吸えないんですか?と店員さんに訊いてみた

すると、苦笑いをしながら "Si ! Si !" と言って、灰皿を持ってきてくれた

久し振りに雨音を聴きながらのシガーとなった

 
L'Alter Ego (1999)


昼過ぎから雨が上がる

パリを思わせる空だ

特別展はドミニク・マルティネ(Dominique Martinet, 1948-2000) というサン・ジェルマン・アン・レー生まれの女流画家


Le Sage (1997)


下の作品のような抽象的なものも描いている


 Verticalité-3 (1992)


一般展示では、宗教に題材をとったものも少なくなかった

ここでは聖パウロを3つほど


Saint-Paul (1540)
François Marchand (1500-1551)


 Saint Paul
(16世紀ドイツ圏)


Saint Paul (1547)
Léonard Limosin (ca. 1505-ca.1577)


この作品は、十二使徒Les Deuze Apôtres)の一人として描かれている

美術館は小さく、一時間ほどで観終わった

画集を一冊手に入れて帰ってきた





 夜、再び街を散策

大聖堂は毎回違った顔を見せてくれる

今日も堪能した




mardi 5 août 2014

シャルトル二日目はゆっくりと


 朝ゆっくりしてから散策に出た

旧市街の中を歩くが、快適である

少し歩いていくと、昨夜の大聖堂が見えてきた

入口が開いていたので中に入り、有名なステンドグラスと彫刻を観る

とても見切れないので無理せずに適当なところで出て、近くのカフェで休む

 

 カフェの窓から古くて巨大な建築物が目に入るのは、気分を落ち着ける効果がある

しばらくこれまでを振り返り、仕事ができないか様子を見たが、無駄な試みであった

暫く休んだ後、リブレリーの場所を訊いてから歩き出す

古い家の外側にお店を作ったような感じで、趣があるところだった



大聖堂の彫刻の案内書でよさそうなものがあったので、手に入れて帰ってきた

今日の雲は流れず、塊としてその場に留まっている

ぽっかり浮いていると形容される雲で、これも気持ちをゆったりさせてくれる

夏真っ盛りというところだろうか










lundi 4 août 2014

まずシャルトル大聖堂にご挨拶



夕方、早速シャルトル大聖堂の方向に散策に出た

その昔読んだ本の中にここを論じたものがあったが、全く入ってこなかった

今回、大聖堂だけではなく、この町を自らの体で感じてみたいと思っている